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【読書メモ②】川島武宜『日本人の法意識』⑴

 教員になって早くも3か月が経ち、初ボーナスをもらう所まできました(勤務は3か月なので、額面は少ない)。この3か月、授業準備やら事務作業やらで活字に触れることは多くても、本を読む時間あるいは気力がほぼ無い状態なく、あるにしても平日の間に溜まった新聞を流し読みするのに費やしている状態です。勤務の行き返りに新書や文庫本を少しずつ読み進めるくらいしかしていません。大体2週間で一冊読めるか読めないかという所ですが、先日、川島武宣『日本人の法意識』という本を読んで、これがなかなかに面白かったので、紹介したいと思います。

 

 

この本、実は1967年にちくま新書から出されているもので、今から50年以上昔に書かれたものです。それでも自分が「面白い」感じたのは、今の日本人の法に対する考え方につながるもの、あるいは同じような考え方を感じることができるからです。『日本人の法意識』では第1章で「法意識」の定義やそれに焦点を当てる理由を論じ、その後「権利および法律」「所有権」「契約」「民事訴訟」についての法意識がそれぞれ章ごとに論じていきます。以下、自分が特に印象に残った部分についてみていきます。(もともと川島先生は刑事法や刑事訴訟に関する章の原稿も書いていたが、紙面の関係でそれは割愛されています〔ⅲ頁参照〕)

 

1.権利や法律に関する意識

 この問題を論ずるにあたっては、そもそも「権利」とは何かという問題が生じる。これを川島先生は具体的に、

 ⑴ AとBという二人の個人のあいだの社会関係に関すること

 ⑵ BがAに対して或る行為をなす義務をおっている、ことを前提とする

   (Bの行為にAが影響を与え得るという可能性は「力」と呼ばれる)

 ⑶ ⑵の「力」はさらに、以下の二つに分けられる。

  ・「権力」:AがAの「実力によって」Bに一定の行為をさせる

  ・「権利」:AがAの実力によってBに強制することは原則として禁じられている

        が、Bが義務付けられている行為をしない場合には「客観的な判断基

        」に基づく判断によって、何らかの強制がBに加えられる

 という導き方で、「権利」の概念を導く。

 また、「法」という言葉については、(ヨーロッパにおいては)「同一の社会現象をそれぞれ別の側面から観念したものにすぎない」(30頁)とし、本書では「法と権利の同一性」を強調することがねらいである(31頁)とする。「権利」とは、利益の主体に焦点を置いて、「法」を観念したもの(主観的)であり、一方で「法」は判断基準や社会家庭に焦点を置いて「権利」を観念したもの(客観的)とされる。したがって、「法」とは「権利」によって構成され、適用される。法が「権利本位」であることはヨーロッパにおいては当然のことであった(31頁)。

 しかし、日本の法意識とそのような「法」に関する概念の間にはずれがあった。日本(人)にとっての「法」は「権利本位」というより、むしろ「義務本位」であったのである(「権利」という意識自体が薄く、「権利」を主張する場面がほとんどないとする)。川島先生はヨーロッパの事例と日本の事例を挙げながら、その「ずれ」を読み取り、その理由を日本語の特徴からも説明する。

日本語は……伝達しようとする内容の中の中心的な部分を表明することばを用いることにより、それに伴う他の種々の意味内容はそのことばによって示唆され、その結果伝達される意味内容の周辺は不確実なものとなり、伝達の受け手によって変化し得る。(35頁)

 このような内容を「ぼかす」という日本語の特徴は、明確に「権利」を主張するということを敬遠させているのではないか、という指摘である。確かに日本語は他国の言語と比べて主語を明らかにしないことが多く、また婉曲表現も多い。日本語という「あいまいさ」を多く含む言語が「権利」という概念と相性が悪いというのは私たち自身身をもって感じているように思う。

 続いて、川島先生は「法律」に関する意識を論じている。日本には「法律は『伝家の宝刀』だ」という考え方があると指摘する。道路交通法や売春取締法の取り締まりの例を挙げながら、非現実的(完全な取り締まりは不可能)な法律―—厳格さと緩さを兼ね備えた取り締まり、という奇妙な関係を見て取っている。結局のところ、日本では法律は「社会生活をコントロールするために政治権力を発動する手段」というよりも、「ただのかざりものにしておく」(47頁)ことが多いのである。

 この章の最後では、「憲法と権利意識」について論じられている。まず興味深かったのは、明治憲法下での「人権」の捉え方である。明治憲法下の人権は「法律ノ範囲内に於テ」保障され、実質は空文化していたのは有名な話であるが、川島先生はこんな例を挙げる(大審院昭和10年8月31日判決)。

たとえば、消防自動車が街を走っているときに人をひいたとする。もし、ひかれた人の不注意でひいたという場合ならば政府が責任をおわなくても不思議はないが、消防自動車の方に過失があって人をひいた場合にも、政府は責任を負う必要がなかった。なぜかというと、消防は「国家権力の発動」であるから一種の行政権の作用であり、たとえ故意に人をひき殺しても国家はまったく無責任だ、——そういう理由で裁判所は損害賠償の訴えを起こした人を敗かした……極端な言い方をすると、消防自動車は国民を自由にひき殺す権利をもっていたことになる。(51頁~52頁)

 「消防自動車は国民を自由にひき殺す権利をもっていたことになる」という表現には衝撃を受けたが、明治憲法制定から敗戦までの歴史を振り返ってみれば、そういった国民の「人権」の捉え方が国の政治の背後にあったという捉え方にも頷ける。他の事例も挙げながら、川島先生は「政府と国民の関係が法律によって支配されるということの客観的な保障はどこにもない。」(自らの人権が保障されるかどうかについて、)「国民はただ政府の自制心にたよるほかはない。」(57頁)と指摘し、明治憲法下の政府と国民の関係は「法的関係」ではなく、政府から国民に対する一方的な「権力関係」であった(記事の冒頭でみた「権利」の関係にはない)と結論付ける。

 新憲法はそのような「権力関係」から脱し、「権利」の関係として政府と国民の関係性を定義するため、丁寧に「権利」を規定しているのである。すなわち、実際には政府の権力が圧倒的に強大な中で、国民の「権利」を守るために必要な要素が、時には多すぎる、と批判されるほど盛り込まれているのである。

 川島先生は最後に、「憲法上の国民の『権利』を実質的に維持するための方法としては、政府と国民との間の力関係の均衡をはかるということが、きわめて重要なものとなる」と述べ、そして、この「権利」関係を実現するには「国民が憲法上の『権利』を知り、これを守る決意のもとに、権利を擁護する行動をとるということによってしか実現されえない。」と述べている(60頁)。果たして現在の国民はここにある「権利を擁護する行動」を取ることができているか、問いかける必要がありそうである。

 

 今回はすでにだいぶ長くなってしまったので、ここで一度終わりにします。また時間のある時に続きを書こうかと思います(誰も見ていないだろうけど、自分の思考の整理として)。